明治18年の秋は幸いに豊作だったので、村はようやく愁眉を開いたが、天災は時を定めずやってくる。それを考えると心配でたまらぬ。それには平素から蓄えをしておいて、万一の場合に備えるほかはない。そこで貯金をしようと思いついた。働くことも人一倍働く、働いて得た金はできるだけ節約して貯蓄することが必要だと思った。しかし、貯蓄といっても一人ではなかなかできにくい。また村全体が立ち直るのには、村全体がやらなければ意味がない。私は貯蓄組合をつくろうと思った。
- 岡野喜太郎 -
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歌なんて誰でも歌えるからヴォーカリストになった。だから、誰にでも歌えるような歌しか歌わないんよ。
勤倹貯蓄をする者に悪いことはできません。難しいことを言わなくても、修身の教科書はなくても、これを徹底・・・
