植村直己 植村直己

植村 直己(うえむら なおみ、1941年(昭和16年)2月12日 – 1984年(昭和59年)2月13日頃)は、日本の登山家、冒険家。兵庫県出身。1984年に国民栄誉賞を受賞。

『植村直己』の名言・格言一覧(全35件)

植村直己 必ず壁はあるんです。それを乗り越えたとき、パッとまた新しい世界がある。だから厳しく自分を鞭打ってやっ・・・

植村直己 出発するとすぐ、帰ることばかり考えるんですよね。毎日先に進みながら、いかにして先に進むかじゃなくて、・・・

植村直己 人間の社会の五里霧中をさまようより、この大自然のガスの中の方が、私にとってはずっと身に合っているのだ・・・

植村直己 いつも前進があるだけだった。失敗したら逃げ道がないと思った。旅の中止は私が自分なりに積み上げてきた実・・・

植村直己 みんな、それぞれが、何か新しいことをやる、それはすべて冒険だと、僕は思うんです。

植村直己 高い山に登ったからすごいとか、偉いとかいう考え方にはなれない。山登りを優劣でみてはいけないと思う。

植村直己 怖いがゆえ、死にたくないがゆえに、自分の技術以上のことをやらないよう、自分に言い聞かせている。

植村直己 ヨーロッパ山行まで、何年かかるかしれないが、とにかく日本を出ることだ。英語ができない、フランス語がで・・・

植村直己 苦労が大きければ大きいほど、後でそれに比例した大きな喜びが返ってくるものなのだ。

植村直己 もちろん山は危険だ。だが、この危険を克服しなくては登れないのは当たり前だ。

植村直己 私がこのあと、強く単独遠征にひかれたのはまさにそのためだった。どんな小さな登山でも、自分で計画し、準・・・

植村直己 八月まで、まだ数日あったので、私はそのあと危険な山旅からのがれ、チェルビニアの近辺に咲く高山植物を採・・・

植村直己 ひとつのものが終わると、またつぎの新しいものがはじまる。私の気持はいつも新鮮だ。

植村直己 いや、オレはなんとしてでもやらねばならないのだ。単独登攀はいつの場合にも危険なのはわかっている。それ・・・

植村直己 親切な人たちだったが、もしこの警察署の人たちの警告にしたがっていたら、私は、登山ができなかった。もち・・・

植村直己 南米大陸最高峰のアコンカグア、北峰六九六〇メートルに立ったのは午後二時十五分であった。やったぞ、やっ・・・

植村直己 イキトスに上陸するころには他人まかせの船で下るよりは、せっかく、アマゾンにはいったのだから、私自身で・・・

植村直己 私は、その日はどうするか決心もつかずにホテルに帰った。こうして、目のあたりにアマゾンの恐ろしさを知ら・・・

植村直己 私は初志を貫徹しようと決心した。山に登るときと同じように、全精力を傾けてことを成せば、たとえ厳しい河・・・

植村直己 いよいよひとりぼっちのアマゾンの旅がはじまったのだ。山登りとは違い、もういかにわめこうが、流れにさか・・・

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