当然のことながらサラリーマンには、必ず上司がいます。係長はミスをしたら課長に謝りますし、課長は部長に謝ります。すると上司に謝ることでそのミスを許してもらえるような気になってしまう。しかし社長になるともう謝っても許してくれる上司がいない。このことに気づいた時、自分の社長としての責任が最終的なものであり、ものすごく重いものだということを実感し少し戸惑いを感じました。しかし同時に、社長になれば自分で新しい成長のシナリオを描きその実現に挑戦できるかもしれないというやりがいも感じました。
- 松村誠一 -
人気の名言・格言
僕は決して言葉の多い経営者ではないと思います。スタッフ全員の前で話すのは、年二回程度でしょうか。朝礼...
才能なきことを憂うる必要はないが、熱意なきことをおそれなくてはならない。
30過ぎて親を許せないやつはバカだ
君は君我は我也されど仲よき
どうせ死ぬんだから、せめて生きている間は楽をしよう、という考えは僕の場合逆でさ、どうせ死ぬとき楽にな...
わざわざ人の嫌がるようなことを云ったり、したりするんです。そうでもしなければ僕の存在を人に認めさせる...
私が後悔することは、しなかったことであり、できなかったことではない。
すべて世の中のことは、もうこれで満足だという時は、すなわち衰える時である。
経済的に豊かになりたいという気持ちは、決して悪いことではありません。特に事業を始めるときにはそうした...
100人のうち99人に誉められる者は、決していい人物ではない。
私は経営に日本企業ならではの良さも残していきたいと思っています。当社の社員には長く勤続してもらいたい・・・
