苦しみに苛まれたとき、破壊すべきは身体ではなく自我という構築物であり、終わらせるべきは生身の命ではなく思考の物語のほうなのだ。私たちは、苦しみから自由になるためにみずからの身体を殺める必要はない。ただ、心に適切に対処していけばよいのである。
- プラユキ・ナラテボー -
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