仏教で推奨される心のあり方として「捨(ウペッカー)」と呼ばれるものがある。これを「捨てること」=「無関心」ととらえて「仏道を歩む者はあらゆることに無関心になることが望ましい」と誤解されている向きもある。しかし、実際のところ「捨」とは、「無関心」ではなく「無執着」の意であり、何事にもとらわれず落ち着いて物事を平静に見守れる心境のことである。
- プラユキ・ナラテボー -
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