「さいわい」にも幸と福と二字ある。学問的にいうと、「幸」というのは幸いの原因が自分の中にない、偶然的な、他より与えられたに過ぎない幸いを幸という。たまたまいい家庭に生まれたとか、思いがけなく上手い巡り合わせにぶつかったとかいう、これは幸。そうではなくて原因を自己の中に有する、すなわち、自分の苦心、自分の努力によって勝ち得たる幸いを「福」という。福の示偏は神さまのことだ。旁(つくり)は「収穫を積み重ねた」という文字だ。農家でいうならば俵を積み上げるという文字。神の前に蓄積されたるものが「福」である。
- 安岡正篤 -
人気の名言・格言
どんな地位であっても、実行、あるいは忍耐によって貴くし得ないような地位はない。
私の郷里の先輩に畠山蔵六さんという方がいます。若いころに聞いていまでも覚えていることのひとつは「人か...
「念ずれば花開く」という言葉があります。私は何かをするとき、必ずこれは成功するという、いいイメージを...
何をやるのかを決めるのは簡単。何をやらないのかを決めるのが大事。そして、何をやらないのかを決めること...
渇して水を夢み、寒ずれば衣を夢み、閨房を夢見る、すなわち、余の性なり。
自社にぴったりな戦略を見つける5つの質問
私のコンサルティングの基本は「自分が社長だったらどうするか」である。現場に足しげく通って綿密なフィー...
馬の鼻先にニンジンをぶら下げるのではなく、何かを達成したからご褒美をあげるという「思わぬご褒美」とい...
自分の欲しいものがパッと買える時代というのは、ここ10年という歳月で日本人が手に入れた現象で、もうち...
扱う商品やサービスを変えていくことで、お客様だけでなく、加盟店の満足度も上がっていきます。実際、客数...
人を観るときは、前より後ろから観るのがよい。前はつくろえるが後ろは誤魔化せないからだ。後ろ姿の淋しい・・・
