当時ニューリーダーと言われていた竹下登、安倍晋太郎、宮沢喜一、中川一郎の各先生の中で、竹下先生は最年少で官房長官になるほど出世が早いこともあって、「あいつはずるい」「やりすぎだ」といった批判を受けないよう気を遣っていたと思います。竹下先生は政治の妬み、僻み、やっかみが渦巻く世界で生き抜くためには、手柄を人に渡すことで、少しでもこのリスクを下げようとしたのでしょう。そのため日ごろから一生懸命汗を流し、人のために頑張っている姿を見せることで、いずれは必ず自分に返ってくるはずだと考えていたのでしょう。
- 鈴木宗男 -
人気の名言・格言
私は「のりしろ」と表現しているのですが、組織というものは、多少オーバーラップを持った状態で運営したほ...
止まりさえしなければ、どんなにゆっくりでも進めばよい。
強者を弱くすることによって、弱者を強くすることはできない。
大きな企業変革を経験すれば、以前と同じではいられない。もし僕たちがYahooに売っていれば、彼らは何...
私は物心ついた時から職人の娘でした。盆暮れしか休みが無いのが当然でしたから、人間は働くものだと思って...
教育とは流れる水の上に文字を書くような儚いものだ。だが、それを岸壁に刻み込むような真剣さで取り組まな...
みんな(スタッフ)がいないと自分は成り立たないんだ
虫のいいことは、なるべく考えない方がいい。
若くして流さぬ汗は、年老いて涙となる。
クレームが来ることは企業にとっては大きな失点です。しかし、全力で対応することで、ただの失点ではなくな...
竹下登先生は「汗は自分でかきましょう。手柄は人に渡しましょう」とよく話し、それを実践した政治家でした・・・
