F1並みのスピードで過ぎる日常から、散歩をするようにゆっくりとした非日常に接すると、慌ただしく見逃してきた自分の生活や、人間関係に改めて気づくことがあるようです。あるお客様は食事のあとに携帯電話を取り出して、「なぜか急に、パリにいる娘の声が聞きたくなった」といって電話をかけておられました。そこで親子の絆が深まれば、私たちにとっても本当に嬉しいことです。これもまた、最高のおもてなしができた証だと考えています。
- 徳岡邦夫 -
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