バブル崩壊の頃、多くの企業は余っていたお金を証券や不動産に投資していました。私どもは証券投資を一切やっていませんでしたが、不動産には融資をしていました。ただ、これは怪しいぞということで、他社より半年から一年早く撤退を開始した。会社が生き残っているのは、あのときいち早く撤退する決断ができたからです。
- 宮内義彦 -
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