60歳にもなれば、何事をもうち捨てて、一度唱えるたびに後生一大事ということを祈願して念仏を唱えるといいだろう。それくらいの歳になれば、たとえ子が亡くなり孫を失っても、浮世の無常に気を落とすことなく、ますます道のために努力し、我々はこの世にないものだと覚悟して、すべての煩悩を思い切るといいだろう。(この世を去った)親や子のことを思っても、無常の風にひとたび誘われた人は、再びこの世へ帰って来ることはないのである。 - 北条重時 - 前の名言 心がけのよい人は、縁が尽きて別れるようなこ... 次の名言 生まれ出る喜びがあれば、また、必ず死する悲... 北条重時のその他の名言・格言(全66件) 何ごとにつけても良いことがあれば次にまた悪いこともおこるもので、その点をよく考えて悪い事の起らぬ先に・・・ 思わぬ失敗をしたり、不慮の災難に遭ったりなどして嘆かわしいことが起こってきたとしても、むやみに嘆き悲・・・ 楽しいときでも、悲しい時でも、無常の心持というものを忘れてはならない。それについて、いかにして楽しく・・・ 考えてみると、世の中の出来事はすべて儚いものであって、夢の中でさらに夢みているようなものだ。昨日見た・・・ 人は必ず死ぬものであり、空しく死んでしまったら、生き残った者から思い慕われることもない。生前の心を慎・・・ 生死のことについ、はっきりと覚悟を決めておかなければ、たとえ孝行をしたいと思っても、親のない後はどう・・・ 奉公や宮仕えをすることがあるならば、百千人の多人数の者とそれぞれ気安くまじわるようなことをせず、ただ・・・ 宮仕えをしていても、他家のことを思わず、わが身の行ないと思って、仕事をしなさい。 お客に対して料理など出す場合があったなら、人に差し出す分よりも、自分に多くするようなことがあってはな・・・ 道理の中に非道理なことがあり、また、非道理の中に道理に適ったことが含まれているものだ。この点をよくよ・・・ 北条重時の全名言・格言を見る(全66件) 偉人の名前を姓名判断で見るとすごい結果に?!