弓矢をとる身(武力を行使する立場)の常として、義理ということを忘れてはならない。武士の道として、心と技とは車の両輪のように考えるべきだ。義理をわきまえている人というのは、身が滅び家を失うような事があっても、正義を曲げずに、強敵たりとも屈せず、常に真心をもって事にあたるのを指すのである。
- 北条重時 -
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人間はどんな状態であろうと、その中で幸せを無理矢理にでも探し出し、それを糧に生きてゆく。
何ごとにつけても良いことがあれば次にまた悪いこともおこるもので、その点をよく考えて悪い事の起らぬ先に・・・
