八月まで、まだ数日あったので、私はそのあと危険な山旅からのがれ、チェルビニアの近辺に咲く高山植物を採って歩いた。道からはずれた手の届かない岩棚の上に、エーデルワイスの花を見つけたのはうれしかった。誰に見られることもなく風にゆれ、七、八輪の花を咲かせているのだった。そのエーデルワイスの姿は、私を感傷的にした。人の目につくような登山より、このエーデルワイスのように誰にも気づかれず、自然の冒険を自分のものとして登山をする。これこそ単独で登っている自分があこがれていたものではないかと思った。
- 植村直己 -
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