これまでの私の、山を舞台にした自然との苦闘と違い、アマゾンへの挑戦には、恐ろしい中にも別なスリルの味わいがあった。つね日ごろ、宗教心などひとかけらもない私が、とにかく真剣に神に祈ったのだから不思議なものだ。しかし、自分の力で切りぬけられるときには、祈るよりは立ち向かうべきことを学んだ。
- 植村直己 -
人気の名言・格言
漫然と歩くだけの人生から、力の限り疾駆する人生へ
簡単ではないかもしれない。でもそれは”できない”という理由にはならないんだ。
「さいわい」にも幸と福と二字ある。学問的にいうと、「幸」というのは幸いの原因が自分の中にない、偶然的...
1995年、ウィンブルドンでベスト8に入ったとき、僕は試合中に気持ちを極限まで高めるために、大声で「...
私はパソコンを立ち上げて、空のテキストファイルに思ったことをどんどん吐きだしています。それを読み返し...
明日大阪で握手会、明後日仙台で握手会、来てね、言うて飛んできてくれる男なんかおらん。彼氏かて旦那かて...
結果というものにたどりつけるのは、偏執狂だけである
得ることが難しく、失いやすいのは時間である。
私は「のりしろ」と表現しているのですが、組織というものは、多少オーバーラップを持った状態で運営したほ...
「何でもやりたい病」とは、様々なことを学び散らかして、何ひとつ身につかないという病です。最近は、「○...
必ず壁はあるんです。それを乗り越えたとき、パッとまた新しい世界がある。だから厳しく自分を鞭打ってやっ・・・
