杉原千畝
杉原 千畝(すぎはら ちうね、1900年(明治33年)1月1日 – 1986年(昭和61年)7月31日)は日本の外交官。
第二次世界大戦中、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた杉原は、ナチス・ドイツの迫害によりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民たちの窮状に同情。
1940年7月から8月にかけて、外務省からの訓令に反して[2]、大量のビザ(通過査証)を発給し、およそ6,000人にのぼる避難民を救ったことで知られる。
その避難民の多くが、ユダヤ人系であった。「東洋のシンドラー」[脚注 2]などと呼ばれることがある。
カウナス領事館閉鎖後も順調に昇進し、1944年日本政府から勲章を授与される。
早稲田大学高等師範部英語(教育学部英語英文学科)科予科中退、日露協会学校特修科修了。
『杉原千畝』の名言・格言一覧(全6件)