日本で新型インフルエンザが大流行していた頃のことです。マスクが飛ぶように売れ、エステーでも増産に次ぐ増産を指示していました。しかし、調子に乗った時が危ない。ある時、ふとそう思って減産を決断しました。まだマスク需要が旺盛だった段階だったので、社内からは大反対に遭いました。それでも私は譲らなかった。しばらくすると、新型インフルエンザ騒ぎは沈静化して、あっという間にマスク市場は冷え込みました。大量の返品に苦しむメーカーが何社かありましたが、エステーは難を逃れました。
- 鈴木喬 -
人気の名言・格言
私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽が当たるようです。
左遷されても「焦らず、腐らず、箸らず」の精神で真面目に仕事に取り組んで実績をあげていれば、必ず見てく...
友情とは、二つの肉体に宿る一つの魂のことである。
ライバル店を観察するより、「自らが現場におもむき、自分の店を厳しくチェックする」のが私の考え方です。...
不一致があれば、私たちは調和をもたらしたい。誤りがあれば、私たちは真実をもたらしたい。疑問があれば、...
富貴は浮雲のごとし
商売はスピードが勝負ですから、リスクとリターンのバランスでシンプルに即座に判断することが必要になって...
ある人が、「水木さんは奇人変人のタイカ(大家)だ」と言ってくれたが、実際、私が長年にわたって古今東西...
少数の真剣な求道者のみが時制の運命を徹見(てっけん)し、社会を善導することができる。
技術的なことだけ進化発展しては近代文明は危ういものになってしまいます。人類の精神面の進化や豊かな人間...
63歳の時に社長になりました。工場の閉鎖や商品数の大幅削減など、私の改革案はことごとく、他の取締役に・・・
