日本で新型インフルエンザが大流行していた頃のことです。マスクが飛ぶように売れ、エステーでも増産に次ぐ増産を指示していました。しかし、調子に乗った時が危ない。ある時、ふとそう思って減産を決断しました。まだマスク需要が旺盛だった段階だったので、社内からは大反対に遭いました。それでも私は譲らなかった。しばらくすると、新型インフルエンザ騒ぎは沈静化して、あっという間にマスク市場は冷え込みました。大量の返品に苦しむメーカーが何社かありましたが、エステーは難を逃れました。
- 鈴木喬 -
人気の名言・格言
私の名刺には社長と書いてありますが、頭の中はゲーム開発者です。心はゲーマーです。
ある人がかつて私に、100万ドルもらっても、ハンセン病患者には触りたくないと言いました。私は答えまし...
ビジネスは非常に簡単だと思う。売上からコストを引けば、大きな黒字が出る。計算は極めて簡単だ。
選挙期間中に「渡邉美樹はブラック企業だ」と書いたチラシを何十万枚と駅前で配られたんですよ。僕が新宿の...
人間というものは、自分の欲するままにどちらに向かおうと、どんなこをと企てようと、結局はいつでも、自然...
海外企業との提携や交渉は片手で握手し、もう一方の手では殴り合う。そういうものでもあることを忘れてはい...
幅広く英語ができるようになる必要はありません。たとえば「趣味のサーフィンについて、海外で現地のサーフ...
コスト面のシナジーだけではM&Aのすべてを判断しません。やはり将来のシナジーまで見通さなければ、M&...
向上とは変化である。完全になるとは、しばしば変化することである。
誰かが今、悪い時のまっただ中にいるというのなら、私はこうお伝えしたい。「頭を低くして嵐が通りすぎるの...
63歳の時に社長になりました。工場の閉鎖や商品数の大幅削減など、私の改革案はことごとく、他の取締役に・・・
