最初はずいぶん惨めな思いをしましたね。現在ではどこのお店でもアサヒビールを置いていただけていますが、そのころは首都圏でアサヒビールを扱っていただける小売店さんは二軒に一軒しかなかったんです。私はジャンパーをはおって、小売店回りをしたんですが「アサヒの樋口ですが」といっても、一介の営業マンのように扱われました。そんなことはありましたが、とてもエキサイティングなことが多かったし、実にビール業界は面白いところだと思いました。義理人情があって、毎日が感激感動で本当に楽しかった。 - 樋口廣太郎 - 前の名言 早く対応する、礼儀正しい、謙虚であるという... 次の名言 社長に就任した当初、業績的には最悪の時でし... 樋口廣太郎のその他の名言・格言(全45件) 自分のことは自分で守れ。組織は個人のことを細かく考えることの大切さがわかっていながら、実際にはかなり・・・ いい数字はありがたく聞くけど、それは要するにそれだけのことです。異常値をどう発見するか、異常値がどう・・・ 私が社長に就任した当時は、ギョッとするような報告もいろいろありました。当時はお客様に自信を持って売れ・・・ 「樋口さんがアサヒビールを立ち直らせたポイントは何ですか?」とよく聞かれます。でも秘密などないのです・・・ 私は大きな会社になろうとは言ってきませんでした。いい商品を作り、社会の人々に好意をもって迎えられる会・・・ 私が就任した当時のアサヒビールは「夕日ビール」とまで酷評されるありさまで、シェアもかつては36%強あ・・・ 立派な会社というのは限りないものです。青空みたいなもので、どこまで行ってもまだまだいい会社はあるので・・・ 社長に就任した当初、業績的には最悪の時でしたが、ところが社内を見まわしてみると、驚いたことに、社員た・・・ 早く対応する、礼儀正しい、謙虚であるということは、一般の社会通念や金融機関などにおいては美徳とされる・・・ 私はビール業界素人だから人に聞くのが一番だということで、厚かましくもまずライバル会社のキリンビールの・・・ 樋口廣太郎の全名言・格言を見る(全45件) 偉人の名前を姓名判断で見るとすごい結果に?!