日本でも「社訓」がある企業は少なくない。だが、実際の行動に結びついている事例は少ないように感じる。なぜそうなってしまうのか。おそらくそれは日本人が「音」や「韻」を重んじる民族だからである。内容のわかりやすさや実用性よりも、声に出して読み上げたときの美しさを大切にする。これでは口から耳に通り抜けてしまうだけだろう。一方、外国人がつくる「クレド」や「ビジョン」は、極めてプラクティカル(実用的)にできている。このため判断に迷ったときやトラブルが発生したときの拠り所になる。
- 松本晃 -
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