私は学校時代から考えていたのだが、商売人は、ときとすると、駆け引きをして嘘をつくことを商売の常道と考えがちである。これはとんでもない過ちなのだ。私は世の中に立っていく以上は、士魂商才の精神をもって進まなくてはならないと考え、その信念を堅持してきた。技術面では品質の改善、営業面では優良品の薄利多売の方針で臨んできたわけである。 - 杉山金太郎 - 前の名言 昭和24、5年の苦しさは私の骨身に徹した。... 次の名言 さすがは正金銀行で、頼んだ以上は高いも安い... 杉山金太郎のその他の名言・格言(全14件) 私は豊年製油の経営を引き継いだのだけれど、工場はすべて台湾銀行に650万円のカタで担保に入っている。・・・ 高名な実業家の和田豊治さんが富士紡の社長を長年やって、いつも言っておられたのは、すべての工業は一に原・・・ 製油業は非常に投機的なものであり、大連には油房という製油工場みたいなものがたくさんあった。そこにいる・・・ 昭和二年の金融恐慌のため、鈴木商店(戦前の財閥のひとつで豊年製油の親会社)は一敗地にまみれ整理を余儀・・・ 会社の経営にはふたつの行き方があって、そのひとつは多角経営であり、もうひとつは特定の少数の品物に全能・・・ 私が米国に行ったのは第一次欧州大戦当時であるが、各地を旅行してみると、土地は広いし天然資源には恵まれ・・・ いったい「豆かす」という言葉は非常に聞こえの良くないものである。こういう言葉遣いは日本だけで、中国で・・・ 大豆油を食用にし、脱脂大豆(油を搾ったあとのいわゆる「豆かす」)を、醤油、味噌、豆腐の三大用途に使う・・・ 先生、そんなことを言うのは、私に死刑の宣告を与えると同じですよ。私は会社に出てくるのが唯一無二の楽し・・・ 一寒村の小農の家庭に生まれたため、幼少から、常にものを大切にするように、しつけられてきた。そのためか・・・ 杉山金太郎の全名言・格言を見る(全14件) 偉人の名前を姓名判断で見るとすごい結果に?!