私は天災のためとはいえ、一度は東京の事業につまずきもした。また、血涙のにじむような経営苦にあえいだことも一再ならずあった。そして自身は生死の巷(ちまた)をさまよい、肉親の何人かを不慮の厄災に失っている。しかし、現在の私が、広く社会と諸々の人たちから数え切れぬほどの恩恵を受けて事業一筋に生きていける幸福を思うと、ひとしお感謝の念が湧いてくるのである。
- 早川徳次 -
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考えるより当たれ。体当たりによって生きたアイデアが生まれる。
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空気と光と、そして友達の愛。これだけが残っていれば、気を落とすことはない。
昭和24、5年の苦しさは私の骨身に徹した。こんなことは2度と繰り返したくない。普段からあらゆる場合に・・・
