私たちの夢に関連のある超短波研究が偶然のようにやってきた。しかし、よく考えてみると決してこれは偶然ではなく、偶然をつくりあげるような下地のある我々のところに偶然やってくるべくしてきたともいえる。この長い月日の技術の蓄積が、やがて他社を抜いていち早く国産テレビの完成となり、そのその量産に向かってスタートできたのである。
- 早川徳次 -
人気の名言・格言
私たちは決して忘れてはならない。すべての始まりが一匹のネズミからだったということを。
100人のうち99人に誉められる者は、決していい人物ではない。
「やらなければいけない」という意識が働いているうちは何もかもが苦痛。「しなければならない」を捨てれば...
考えるということを含めての訓練というのは、やはり読書、言葉を操って物事を考えていくことによって身につ...
学習机や椅子を販売するアイリスチトセは、もとは民事再生法の適用を申請した破綻企業でした。しかし現在で...
雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい。 それが自由というものだ。
今日来たお客様は、明日こないかもしれない。いま、何をすべきか、それがこのビジネスのすべてである
信越化学工業でやってきたのは、様々な事業案件の責任者に経理財務の視点を持ってもらうように促し続けるこ...
会社の看板を背負うのはもちろんですが、それに加えて日本人としての誇りを持って仕事をする。そんなビジネ...
人はその人の言い分や支持するものばかりでなく、その言行の結果からも評価されるべきだ。
昭和24、5年の苦しさは私の骨身に徹した。こんなことは2度と繰り返したくない。普段からあらゆる場合に・・・
