世界の名言・格言コレクション集「名コレ」

明治18年の秋は幸いに豊作だったので、村はようやく愁眉を開いたが、天災は時を定めずやってくる。それを考えると心配でたまらぬ。それには平素から蓄えをしておいて、万一の場合に備えるほかはない。そこで貯金をしようと思いついた。働くことも人一倍働く、働いて得た金はできるだけ節約して貯蓄することが必要だと思った。しかし、貯蓄といっても一人ではなかなかできにくい。また村全体が立ち直るのには、村全体がやらなければ意味がない。私は貯蓄組合をつくろうと思った。

岡野喜太郎のその他の名言・格言(全20件)

勤倹貯蓄をする者に悪いことはできません。難しいことを言わなくても、修身の教科書はなくても、これを徹底・・・

私はもう安閑として机にかじりついている気がしなくなった。学校を退き、家事を手伝って、我が家の危機を乗・・・

この飢饉の最中に、この貧乏村が立ち直るには、世間並みのことをやっていたのでは駄目である。一段と働き一・・・

根方銀行が発足したのとき日本の銀行数は817行、その払込資本金は総計5216万余円であるから一行平均・・・

「馬鹿ッ」と一喝、怒鳴りつけられるかもしれない。そう思って仰ぐと、以外にも父の顔はなごやかで静かであ・・・

困難にあうごとに、いよいよ頭も冴え、いよいよ強くなるのが私の性格である。

非常時にも平常のように営業するのが銀行の使命である。お客様から預かった大切なお金を、この災害(関東大・・・

私は関東大震災で妻と三女を失った。両人は湯河原の天野屋に保養に行く途中、根府川で地震にあい、列車もろ・・・

私は、若い事業家が失敗して、駿河銀行に救済を求めに来ると、肩をたたき、親身になって再起の方法を考えて・・・

銀行は営利法人であるから、ある程度の利益を得なければならないが、非常の場合はとにかく、常に借金をしな・・・

岡野喜太郎の全名言・格言を見る(全20件)

世界の名言・格言コレクション集「名コレ」