私はどちらかといえば生一本で怒りっぽく、子供のときはケンカ太郎でした。それを母は心配して「自分が譲ればことが丸く収まるときには、譲るものだよ」と口癖のように言って、私を戒めていました。それで、その言葉がいつの間にか頭に刻みつけられ、大きな争いになろうとするときにはふと出てきて譲る、という癖がつきました。
- 岡崎嘉平太 -
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