家業に携わったのは高校を出てすぐ、父が病気とわかったときでした。とはいうものの、そんな若造に父の代わりは務まらない。そもそも社員たちはずっと年上です。悩んだ時期にある人から「大島、仕事は年齢じゃない。結果だ」と諭され、自分の担当だった営業活動で答えを出すことに専念しました。少しずつ実績をあげるようになると、私を見る社内の目が変わりました。それが私にとって、仕事、ひいては経営の原体験です。
- 大島康朋 -
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