家業に携わったのは高校を出てすぐ、父が病気とわかったときでした。とはいうものの、そんな若造に父の代わりは務まらない。そもそも社員たちはずっと年上です。悩んだ時期にある人から「大島、仕事は年齢じゃない。結果だ」と諭され、自分の担当だった営業活動で答えを出すことに専念しました。少しずつ実績をあげるようになると、私を見る社内の目が変わりました。それが私にとって、仕事、ひいては経営の原体験です。
- 大島康朋 -
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コスト面のシナジーだけではM&Aのすべてを判断しません。やはり将来のシナジーまで見通さなければ、M&...
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失敗して冷静さを失ってしまったときは、私は信頼できる人に話を聞いてもらうようにしています。「この部分...
人間というものは、自分の欲するままにどちらに向かおうと、どんなこをと企てようと、結局はいつでも、自然...
自然には何の無駄もない。
人生なんて毎日少しずつ自分の心の財産を支払いながら生きていくようなもんだって
個人が生かされなければ生産性は下がっていく。品質も下がる。いくらトップダウンで号令をかけ、表向きは素...
ブレない姿勢を示すことがCEOに求められている不可欠な要素。
建設企業にして物流企業。こうした会社は、ほかにあまりないでしょう。「雨が降れば仕事にならない建設業だ・・・
