2000年代の前半の反省を踏まえて、唯我独尊的につくりたいクルマをつくるのではなく、仮説という名の思い込みでつくるのでもなく、きちんと事実に基づいて考えようじゃないかと。そういう方向に大きく舵を切ったわけです。私は当時、戦略本部というセクションで商品企画を一から見直す作業をしましたが、社内の危機感は非常に強かったことをよく覚えています。
- 吉永泰之 -
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