9年間にも及ぶアメリカ勤務中と帰国後の数年間、食料畑を歩んでいた私は「アメリカの農業については誰にも負けない」といえるだけの力をつけようと、「アメリカ」と名のつく本は農業関係を中心に片っ端から買い集め、読破しました。駐在中も頼まれて、商品市場の記事を日本の新聞に書き、帰国後は一課長の立場で業界紙に「アメリカ農業小史」などの論文を執筆し、学者相手のディスカッションもこなしました。アメリカ農務省の最新データと現地での経験を持つ私の方が、学者より遥かに詳しく、「伊藤忠に丹羽という男がいる」と認められるようになっていました。
- 丹羽宇一郎 -
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