入院生活では収穫もあった。「100日仰向けでいろ」との医師の命令があったため、病室ではずっと天井を見つめていた。暇だったので周囲に目をやると、次第に天井の梁(はり)の出っ張りが気になってきた。なぜこんな不細工なものが部屋にあるのか。それが出発点になった。天井の梁や、部屋の隅の柱の出っ張りがない空間ができないものかと思い、「木質パネル接着工法」を思い付く。これがミサワホームの始まりになった。
- 三澤千代治 -
人気の名言・格言
10代、20代はモバゲーやミクシィで、30代、40代は2ちゃんねるという話も聞いたことがありますが、...
完璧じゃないことは知ってるし、そう生きようとも思わない。
およそ戦というものは、五分をもって上とし、七分を中とし、十分をもって下とす。五分は励みを生じ、七分は...
<柔軟性こそ生である>柔軟であれ。人は生きている時は柔軟である。死ねば人は固くなる。人の肉体であれ、...
私が後悔することは、しなかったことであり、できなかったことではない。
昨日の考えは、今日は一新されていなければならないし、今日のやり方は、明日にはもう一変していなければな...
人間死ぬとき、地位も、名誉も、財産も持っていけない。あの世へ持っていけるのは自分の魂だけなんです。魂...
上司と話すときは仕事について教えてもらうという姿勢で話すと良いのではないでしょうか。電車やタクシーで...
本心を言うと嫌われると思うから、言う前に諦めてしまうんです。でも、言い方さえ工夫すれば、怒るお客様は...
もっとも暗い雲の下でも、人間は清らかに美しく、楽しく生きられる。
友人の山本幸男と2人で事業をスタートした。山本は十日町高校の同窓で、浪人して2年遅れていた。山本は文・・・
