会社員時代、当時の年収約1200万円を捨てるのは恐怖でした。だから、自分のやりたいことに気づかぬようにし、諦めていたのです。ただ、定年まで死んだような毎日を過ごすのも嫌でした。そこに気づいてから恐怖と諦めを徹底的に排除したんです。すると、天秤が反対側に乗っていたやりたいことの側に自然と傾きました。
- 心屋仁之助 -
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コスト面のシナジーだけではM&Aのすべてを判断しません。やはり将来のシナジーまで見通さなければ、M&...
ある人がかつて私に、100万ドルもらっても、ハンセン病患者には触りたくないと言いました。私は答えまし...
努力は実力を生み、実力は自信を生む。自信は幸運を呼び、幸運は勝利を掴む。
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待っているだけの人達にも何かが起こるかもしれないが、それは努力した人達の残り物だけである。
年功序列主義で企業が健全に成長しているのであれば、実力成果主義を導入する必要などないでしょう。しかし...
失敗して冷静さを失ってしまったときは、私は信頼できる人に話を聞いてもらうようにしています。「この部分...
自然には何の無駄もない。
会社を維持するには、持続的なエネルギーが不可欠です。怒りや嫉妬といった負のエネルギーは、最初は強力だ・・・
