仮に親の顔色をうかがって就職し、安定を選ぶとしようか。が、それが青年自身の人生なんだろうか。「俺は生きた!」といえる人生になるだろうか。そうじゃないだろう。親の人生をなぜるだけになってしまう。そんな人生に責任を持てるだろうか。若者自身の本当の生きた人生には決してならない。自分自身の生きる筋は誰にも渡してはならないんだ。この気持ちを貫くべきだと思う。
- 岡本太郎 -
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