わたしは、人間には持って生まれた運・不運があるということだけは固く信じる。やはり運がいいとか、悪いということは絶対あり得ると思うし、ツイている、ツイていないということもあると確信している。しかし、じゃあ、どこでどういうふうにツイていると判断するのか、なにかその物差しがあるのか、あるいは運のいい人と悪い人を見分ける方法があるのかということになると、そんなものはあるわけがないとしか言いようがない。人生は要するに向き不向きと、人知の及ばざる運・不運で決まるのではないか。そういう意味で運を信じているということなんです。
- 山内溥 -
人気の名言・格言
誰かが成功をおさめることが出来たということは、他の人にも同じ事ができるという証明である。
コンサルタントとして会社を数多く見てわかったのは“会社は簡単に潰れる”ということ。業績が悪い会社は、...
コスト面のシナジーだけではM&Aのすべてを判断しません。やはり将来のシナジーまで見通さなければ、M&...
人間というものは、自分の欲するままにどちらに向かおうと、どんなこをと企てようと、結局はいつでも、自然...
経験をもたらすのは観察だけなのである。
失敗して冷静さを失ってしまったときは、私は信頼できる人に話を聞いてもらうようにしています。「この部分...
言葉は薬にもなれば、凶器にもなる。
仕事十訓
年功序列主義で企業が健全に成長しているのであれば、実力成果主義を導入する必要などないでしょう。しかし...
バブル崩壊後日本の金融が果たした役割を振り返ると、忸怩(じくじ)たる思いがある。金融の本来の姿は、リ...
プレイステーションはDVDプレーヤーでもありますから、DVDプレーヤーとしては価値があると思うんです・・・
