私たちの清貧のひとつの表れは、繕いものに出ているといってもよいでしょう。破れたときはできるだけ上手に繕います。街や修道院のまわりを破れたサリーをそのまま着て歩き回ることは、清貧の徳の証にはなりません。私たちは自分たちの体が、精霊の神殿だということを忘れてはいけないのです。それ故に私たちは、恥ずかしくないようにきちんと繕われた衣服を身につけて体への尊敬を表すのです。
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