私の単独登山にしても、やはりひとつの登山形態として、未知なものへの探求と可能性への挑戦、さらに大きくいうなら、人間の可能性への挑戦ではなかろうかと思っている。グループで登山するのは、お互いに山を楽しむ目的ばかりでなく、個人、小人数ではできない条件があって隊を組むのだが、私の求めている単独登山は、たとえば陸上競技の100メートル競走で、0.1秒を競って人間の可能性を深めてゆくのと同じことだと思っている。
- 植村直己 -
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